3つの宝箱

私にとっての3つの宝物といえるプロレス・映画・学生時代の思い出や、日々の雑感を語るブログです。

「バロムワン」仮面ライダ―になりきれなかったヒ―ロ―

 今回は特撮ドラマ「超人バロムワン」について書かせていただきます。
 誰もが知っている等身大の特撮ヒ―ロ―と言えば
「仮面ライダ―」ですが、このバロムワンはその仮面ライダ―が出来た翌年に第二の仮面ライダ―を作ろうと企画されたものです。
 しかし、結論から言うとバロムワンは、第二の仮面ライダ―にはなれませんでした。いや仮面ライダ―になるどころか遠く離れた色物特撮ヒ―ロ―として終わってしまいました。今からその理由を列記します。 
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 まず第一に特撮ドラマにとって掴みとも言える大事な主題歌で、大きくつまづいています。主題歌は特撮ドラマにとって非常に大きな役割を担っています。主題歌が、勇壮に歌いやすく作られていると子供たちは、そこでテンションが上がりドラマ本編により入りやすくなります。
その大事な主題歌でバロムワンは、大きく失敗しています。まずはその歌詞を確認下さい。

マッハロッドで
ブロロロロ―ブロロロロ―ブロロロロ―
ぶっ飛ばすんだギュンギュギュン
魔神ドルゲをル―ロルロロ
やっつけるんだズババババ―ン
バロムクロスでキュ―ンキュン 
二人が一人バロロ―ム
みんなで呼ぼうバロムワン
必ずくるぞバロムワン 
超人超人ぼくらのバロムワン

 御覧の通り、歌詞の大半が擬音で構成されている斬新な歌詞になっています。関西人でもここまで擬音を多用することがあろうかという歌です。
 これはダウンダウンの松本がその漫才の中で、ネタにするぐらい当時の子供の笑いをかうことになってしまいました。特撮ヒ―ロ―の主題歌はかっこよくあるべきという原則から大きく外れてしまうことになってしまったわけです。ここが第一の悲劇です。

 第二にバロムワンの敵のドルゲ魔人の気持ち悪さです。ドルゲ魔人の造形は恐いではなくただひたすら気持ち悪いのです。仮面ライダ―の敵のショッカ―の怪人は恐いのですが、デザイン的には優れたものがあり一種の美しさを感じます。蜘蛛男やコブラ男などがその代表と言えます。
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 それに対しドルゲ魔人は、ただひたすらに気持ち悪いのです。恐いのではなく気持ち悪いだけです。
フランケルゲやミイラルゲなど子供が見たらトラウマになりそうな怪人ばかりです。これも子供の人気を得られなかった大きな要因です。
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 そして第三に最大の要因ですが、バロムワンのキャラクタ―設定です。バロムワンは他のヒ―ロ―とと違い子供が主人公です。しかも二人。剛と健太郎の小学生二人が合体することによりバロムワンが登場します。なかなかユニ―クな設定ですが、ここに大きな失敗があります。
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 まず小学生が主人公という点です。バロムワンを見ていたメインの視聴者は小学生です。小学生は自分より年長者に憧れるものです。つまり自分と同年代の猛と健太郎を憧れのヒ―ロ―としては受け入れられなかったのです。
分かりやすく言うと「何で俺らと同じ小学生がヒ―ロ―の主役やねん。」とむしろ反発をもって見られていたのです。
 そして二人が合体した後にも問題がありました。二人が合体してバロムワンになると二人の自我が消えてバロムワンという超人の自我に代わると、私は当初思ってました。
 ところが、何回か回を重ねるとそうではないことに気がつきました。それは合体後に猛と健太郎の自我が言い争いを始めてバロムワンの合体が解除される回で明らかになりました。
つまり合体後も二人の自我は残っており、なおかつ超人であるバロムワンの自我もあるという非常に分かりにくい話です。子供の頃私は見ていて、
「子供なんか大人なんかはっきりしてくれ。」とイライラしたものです。
 こういう分かりにくさもあってバロムワンは仮面ライダ―ほどの人気を得ることは出来ず終わりました。

 ただ人気を得ることは、出来なかったけれど非常に印象に残るヒ―ロ―として今でも記憶に刻まれています。

 最後まで読んでいただきありがとうございます。