3つの宝箱(あるいは思い出という名の公園)

私にとっての3つの宝物といえるプロレス・映画・学生時代の思い出や、日々の雑感を語るブログです。

国際プロレス吉原社長の誤算

 今年出版された一冊の本。「東京12チャンネル時代の国際プロレス」この本を読ませていただきました。
f:id:KINUGASA:20190826175654j:plain
とても読みごたえがある本でした。何よりも一番の収穫は、長年私が国際プロレスに対して抱いていた謎の答え合わせが、出来たことが一番の収穫でした。
私が長年抱いていた疑問とは、「吉原社長は、何故自ら自分の団体の看板タイトルやレスラ―を貶めることをするのだろうか。」ということです。

具体的に言うと他団体との対抗戦において、屈辱的ともいえるマッチメ―クを何故受け入れるのかということです。
特にひどいなと感じたのは、タッグの看板タイトル
IWA タッグの挑戦者です。
仮にも国際のタッグのメインタイトルに新日本プロレスが送りこんできた挑戦者が、まず第一段はヤマハブラザ―ズ。
f:id:KINUGASA:20190826180402j:plain
その後も、木村健吾・永源遥等当時の新日本で言えば、5・6番手以下の選手。
当時中学生だった私も、(こんな屈辱的なマッチメ―クを何故飲むのかな?)と不思議でなりませんでした。
新日本プロレスに「お前のところのメインタイトルは、うちの5・6番手で挑戦者には充分なんだよ。」と見下されてるようなものであり、中学生の私でも、こんな挑戦者での試合は受け入れてはいけないと思ったものです。最低でも長州やストロング小林を担ぎ出さないといけないと強く思ったものです。
f:id:KINUGASA:20190826180028j:plain
f:id:KINUGASA:20190826180044j:plain
その当時自分なりに感じたのは、まず対抗戦による観客動員の増加のメリットこれが一番にあるのかなと思いました。
相手が誰であれ団体対抗戦ということであれば、確実に集客は増えます。当時の国際の状況であれば背に腹は変えられないのかなと感じました。

二つ目には、このようなマッチメ―クを飲む見返りが何かあるのかなと考えました。例えば新日本プロレスの名の通った外人レスラ―を斡旋してもらえる約束等があるのかなと思いました。

そして3点目には新日本プロレスと絡むことで、国際プロレスの選手が、全国ネットの電波に乗り知名度が上がり、結果的に観客動員につながると考えてるのかなと思いました。

そして今回この本を読ませていただき答えが、はっきりしました。
吉原社長の考えは、私が考えた3番目の理由「国際プロレスの選手を全国ネットのテレビに出して、そこで好試合をすれば、国際プロレスを観に行く観客が増える。」という考えだったということです。

ただはっきり言ってこの考えは大間違いだったと思います。
当時のプロレスファンは、何よりも試合結果を重視していました。どんなに好試合を見せても負けてしまったら、間違いなく団体のマイナスイメ―ジになります。
実際に草津・浜口はヤマハブラザ―ズに負けてしまい、当時のプロレスファンに「国際のタッグチャンピオンは、新日本の6番手より弱い。」と思われてしまい、それが更なる観客動員減につながった訳です。
f:id:KINUGASA:20190826180422j:plain
この辺りのことは、当時の東京12チャンネルの田中ディレクターも危惧されていたようで、「対抗戦においては大事なの勝敗であり、試合内容ではない。」と思っていたとのことて、持論をぶつけたものの吉原社長は、それを受けつけなかったようです。

この対抗戦における吉原社長の読み違いは、新日本との対抗戦が、初めてではなく全日本との対抗戦ですでに過ちを犯していました。

ただ全日本の時より新日本にはさらに屈辱的なマッチメ―クを飲まされ、更なるイメ―ジダウンにつながったと思います。これも全日本よりはるかにビジネスライクな新日本を提携先に乗り換えてしまった吉原社長の誤算かと思います。

吉原社長が当時のプロレスファンの心理をもっと掴んでいて、他者の意見をもっと受け入れる耳を持っていれば、国際プロレスも違う展開を見せたのかもしれないと強く思いました。

最後まで読んでいただきありがとうございました。