3つの宝箱(あるいは思い出という名の公園)

私にとっての3つの宝物といえるプロレス・映画・学生時代の思い出や、日々の雑感を語るブログです。

哀愁のジプシ―ジョ―

 私がプロレスを見始めた頃には、3つのプロレス団体が存在していました。
ジャイアント馬場の全日本、アントニオ猪木の新日本、そして国際プロレス。
今回は国際プロレスについて書かせていただきます。

国際プロレスには、馬場や猪木のような突出したス―パ―スタ―がいませんでした。ラッシャ―木村というエ―スがいたのですが、馬場、猪木のようなカリスマ姓はなく、試合内容も地味なため団体自体の人気も他の2団体に大きく水をあけられていました。
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中継のテレビ局も東京12チャンネルだったため、地方の中継局も少なかったのも、人気が出ない一つの要因だったと思います。
東京12チャンネルがネット数が少ないということは、当然国際プロレスに割ける予算も少ないというかことです。

そのため外人招聘に使える予算も、当然少なく他団体に比べて呼べる外人レスラ―も地味な顔ぶれになっていました。
その中の一人にジプシ―ジョ―というレスラ―がいました。
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このジプシ―ジョ―は、国際プロレスのシリ―ズの柱となるエ―ス外人の一人で、小柄ですがとにかく頑丈なレスラ―でした。
なにしろ角材で叩けば角材が折れ、チョップをした相手の手が腫れ上がるほどの頑丈な肉体を持っていました。
特にエ―スのラッシャ―木村との金網デスマッチは、毎回壮絶な試合になり国際のドル箱カ―ドとなっていました。

私はこのジプシ―ジョ―が好きでした。小さい身体を張って懸命に戦う姿にプロ根性が感じられて好きでした。
それは単に自分のレスラ―としての存在を証明するだけでなく、国際プロレスのために身体を張っているように私には感じられました。
そこに男気を感じ、ジプシ―ジョ―に惹かれたのです。

しかしジョ―の奮闘も空しく、国際プロレスは昭和56年に崩壊しました。所属レスラ―は、それぞれ全日本、新日本に別れて参戦することになり、ジョ―は全日本に参戦しました。
 大物外国人レスラ―が多い全日本で、ジョ―は自分の存在感アピ―ルするために、以前より一層身体の頑丈さを売り物にしていました。

そのため対戦相手に椅子で自分の背中を叩かせるパフォーマンスだけが、強調されることになり見ている私は痛々しさを感じました。
ただそうでもしないと、外国人レスラ―が多い全日本では、生き残っていけないということは理解できました。
いつも複雑な思いでジョ―の殴られパフォーマンスを見ていました。
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その後ジョ―を全日本で見かけることも無くなり、時は流れました。
1995年に前に書いたように、三重県に旅行した際にIWA ジャパンという団体の興行を見に行きました。

会場に早めに着いたので、体育館の前で友人と開場をまっていたところ、一人の男が上半身裸で日光浴をしていました。
遠目では、誰か分からなかったのですがレスラ―にしては小さいなと思いました。
その男は日光浴していたベンチから、立ち上がり辺りを見渡しました。
私はその男をもう一度見て驚きました。
ジプシ―ジョ―その人だったからです。

遠目では、ジョ―と分からないぐらい痩せて、髪の毛も薄くなっていました。
(こんなに痩せてしまったんだ。)私は切ない気持ちを禁じ得ませんでした。

時が経っているのは分かっていましたが、すぐにジョ―と分からないぐらいやつれていたからです。
ジョ―は、この日レフリ―として登場することを後で知りました。

会場には、他のIWA ジャパンの選手が会場入りするのを待っているファンが数10名ぐらいいましたが、誰もジョ―に気がついていないのか誰一人声をかけませんでした。

その後人気選手が次々と会場に現れ、ファンたちはそれを追いかけいなくなりました。

後にはジョ―と私だけが残されました。
声をかけるべきがどうか私は迷いました。果たして
この状況でジョ―に声をかけるのが正解なのかどうか、私には判断がつきかねました。 
誰も気がつかないジョ―に声をかけるのが、憐れみのようにジョ―に解釈されて、ジョ―のプライドを傷つけることにならないかと悩んでいました。

するとその時ジョ―が、こちらを見てニヤッと笑って、その場を立ち去ったのです。
明らかに私の方を見ていました。
その後ろ姿が、「憐れみなんかで声をかけてくれるな、俺はジプシ―ジョ―だ。」と語っているようでした。

あの時本当に声をかけなかったのが、正解だったのかは、分かりません。
ただジョ―の笑いと後ろ姿にレスラ―としての矜持を感じました。
今ではそれで良かったと思っています。
ジプシ―ジョ―本当のプロだったと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。