3つの宝箱

私にとっての3つの宝物といえるプロレス・映画・学生時代の思い出や、日々の雑感を語るブログです。

プロレス

昭和プロレスを巡る謎その4(昭和全日本プロレスにおける両者リングアウトの謎)

昭和の全日本プロレスでは、試合の完全決着が着かないことが多くありました。その時の決着方法としては両者リングアウトや反則決着などが用いられました。これらの決着ですと対戦した両者に傷がつかないため、特に全日本プロレスでは多くの試合が、これらの…

昭和プロレスを巡る謎その3(ジャイアント馬場とラッシャー木村の不透明決着の謎)

国際プロレスが存在していた時に、全日本プロレスのジャイアント馬場と国際プロレスのエース、ラッシャー木村との対決は2回行われています。 一度目は、昭和50年12月17日の千葉公園体育館。全日本主催のオープン選手権の公式戦として行われています。 二度目…

昭和プロレスを巡る謎その2(全日本プロレスバトルロイヤルで感じた異変。)

プロレスの試合方式の一つにバトルロイヤルというものがあります。 これは、大勢のレスラーが一度にリングに上がり一斉に戦い、最後に勝ち残った一人が優勝となる試合方式です。 大勢のレスラーが一度にリングに上がるので、華やかさはありますし、色んな対…

国際プロレス吉原社長の誤算

今年出版された一冊の本。「東京12チャンネル時代の国際プロレス」この本を読ませていただきました。 とても読みごたえがある本でした。何よりも一番の収穫は、長年私が国際プロレスに対して抱いていた謎の答え合わせが、出来たことが一番の収穫でした。 私…

哀愁のジプシ―ジョ―

私がプロレスを見始めた頃には、3つのプロレス団体が存在していました。 ジャイアント馬場の全日本、アントニオ猪木の新日本、そして国際プロレス。 今回は国際プロレスについて書かせていただきます。国際プロレスには、馬場や猪木のような突出したス―パ―ス…

プロレス初観戦で気づかされた自分の嗜好と大阪のファンのシビアさ。

私が初めてプロレスを生観戦したのは、昭和55年12月10日のことでした。もう今から40年近く前のことになります。新日本プロレスの第1回MSGタッグリーグ戦の決勝戦を大阪府立体育館に友達と二人で、見に行きました。 その前日には同じ会場で全日本プロレスの…

三重で見たテリーファンクの生きざま

1995年の出来事なので、今から24年くらい前の話です。友人のH 君と車で旅行に出かけていました。 特に目的地はなく気ままな二人旅でした。 三重に立ち寄った時、たまたまその日IWA ジャパンという団体のプロレス興行が、あることを知りました。そして、その…

めちゃイケでの横山由依に見たプロ根性

去年の話ですが、ナインティナインの「めちゃ×2イケてるッ!」の中で女子プロレスの企画がありました。当時めちゃイケが終了になるということで、この女子プロレスの企画も最後ということで企画されたものです。 この時オアシズの光浦靖子とAKBの総監督横山…

昭和の新日本プロレスを決定的に嫌いになった理由

今まで私のブログを読んでいた方なら、薄々分かっていただいていると思いますが、私は昭和の全日本プロレス派です。 プロレスラー個人のアントニオ猪木は、本当に素晴らしいレスラーで猪木の試合には魅了されたものです。 ただ団体としての新日本プロレスが…

ミスタ-高橋の暴露本の20年前にプロレスの仕組みを自らばらしていた新日本プロレス

2001年に元新日本プロレスのレフリーのミスタ-高橋の「流血の魔術最強の演技」が出版されプロレスの内幕が、赤裸々に書かれました。 プロレスが結末のあらかじめ決められたものであり、真剣勝負ではないという事実が明らかにされ、ショックを受けたプロレス…

プロレスラ-輪島へのレクイエム

元横綱の輪島大士氏が、亡くなられました。 テレビやネットでも、かなり取り上げられてます。しかし、元横綱の輪島氏という扱い方がほとんどでプロレスラ-という経歴はあまり扱われていません。これは、輪島氏の経歴を考えれば当然のことで相撲の大横綱とい…

「情熱大陸」の棚橋を見て驚いた2つのこと。

先日の「情熱大陸」の棚橋の回で、驚いたことが2つありました。 一つめは「新日の道場から猪木のパネルを撤去したこと。」 言うまでもなく、猪木は新日本プロレスの創業者。 その人のパネルを外すというのは、なかなか出来ないことと思います。 そこに手をつ…